同定可能性

2021.05.23

「同定可能性」は、インターネットの記事に書かれている人物(または法人)と、リアル社会の個人(または法人)が同じ人(同じ会社)かどうかを問題とする論点です。同定可能性がなければ、名誉権侵害やプライバシー侵害は成立せず、削除請求、発信者情報開示請求、慰謝料請求などができないと考えられています。

「同定可能性」とは

 インターネットの記事が誰、またはどの法人を話題の対象としているのか、その判断基準は何か、という問題があります。誰の話なのかが判断できなければ、名誉権侵害では対象者の社会的評価は低下せず、プライバシー侵害では対象者に被害が生じません。

 ハンドルネームに対する名誉毀損(名誉権侵害)の論点も問題の所在は同じです。ハンドルネームしか分からず、現実社会の誰なのかが分からないときは、当該人物の社会的評価が低下しないし、プライバシー侵害の被害も生じません。

 最近では、VTuberに対する名誉毀損(名誉権侵害)でも、同定可能性が論点となります。映像上のキャラクターに対する名誉権侵害が違法なのか?いわゆる「中の人」に対する名誉毀損と考えられるのは、どのような場合かという問題です。純粋に、映像上の架空のキャラクターに対する人格権侵害は成立しません。

 東京高判平31.4.11(2019WLJPCA04116007)は、「インターネット上の電子掲示板に投稿された記事により名誉が毀損されたことが明らかであるというためには,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準として,投稿記事から推知される情報により,投稿記事の対象が特定の個人ないし法人であると同定することが可能であるとともに,投稿記事の内容,当該投稿がされた経緯,他の投稿を含めた前後の文脈等を併せ考慮した上で,投稿の対象とされた個人ないし法人の社会的評価を低下させることが明らかであることが必要であると解するのが相当である。」とし、同定可能性要件の必要性を示しています。

「同定可能性」の判断基準

 近時の発信者情報開示請求事件の判決では、たいてい「同定可能性」が検討されていますが、この言葉自体、東京高裁平成13年2月15日判決(柳美里「石に泳ぐ魚」事件・控訴審)で、突如として登場したものです。

 原審、東京地判平11・6・22(「石に泳ぐ魚」事件第一審判決,判タ1014号280頁)は、「原告と面識がある者又は右に摘示した原告の属性の幾つかを知る者が本件小説を読んだ場合、かかる読者にとって、『朴里花』と原告とを同定することは容易に可能であるといわなければならない。」とし,「原告の属性の幾つかを知る者」にとっての同定可能性(地裁では「同定の可能性」)を問題としています。

具体的な判断基準

 より具体的には、個人であれば、同姓同名の別人の可能性を排除できるか、との基準で考えます。名前がフルネームで出ていても、それだけでは足りず、所属や職業など、記載されている「属性」を満たす人物が1人だけといえるか、といった考え方をします。逆に名前が出ていなくても、会社名+役職名のように、その属性の人が1人しかいない場合には、同定可能性が肯定されます。
 ツイッターなどSNSのアカウント名が書かれている場合は、フォロワーにリアルの知人が多数いれば同定可能性が認められています。

 法人の場合は、同じ商号の法人がほかにも存在しないか、といった考え方をします。法人名のほかに本店所在地や代表者名など、記載されている「属性」を満たす法人が1社だけか、との基準で考えます。

同定可能性の裁判例(個人のケース)

同定可能性が認められた例

  • 会社名+「社長」(東京地判平25.8.20)
  • 会社名+「専務」(東京地判平25.10.18)
  • 宗教法人名+通称(東京地判平26.1.16)
  • カフェの所在地+カフェの営業形態(東京地判平26.2.28)
  • 本名+アカウント名(東京地判平26.4.25)
  • 氏名+配偶者の氏名+年齢+勤務先+写真へのリンク(東京地判平26.5.22)
  • 風俗店の店名+源氏名(東京地判平26.9.9、東京地判平26.12.18)
  • クラブの名前+「ママ」(東京地判平26.10.30)
  • スポーツクラブの名前+子供3人+性別(東京地判平27.2.6)
  • 店の外観+営業内容(東京地判平27.3.30)
  • Twitterアカウント名+顔写真(東京地判平27.5.25)
  • ブログのタイトル+会社名(東京地判平27.5.26)
  • クリニック名+「事務長」(東京地判平27.6.2)
  • 名前+勤務先+写真(東京地判平27.7.9)
  • 名前+「医師」(東京地判平27.7.23)
  • 名前+会社名+配属部(東京地判平27.8.25)
  • 名前に似た文字+都市名+職業+配偶者の勤務先(東京地判平27.9.1)
  • 会社名+代表取締役(東京地判平27.10.28)
  • 名前+前職勤務先+配偶者の職業(東京地判平27.10.30)
  • 名前+職業+勤務先(東京地判平27.11.20)
  • 学校名+学年+離婚歴+年齢(東京地判平27.12.4)
  • 学校名+「学園長」(東京地判平27.12.25)
  • ブログ名(東京地判平28.2.9、2016WLJPCA02098016)
  • 都市名+美容院名+美容師(東京地判平28.2.25、2016WLJPCA02258020)
  • 住所+氏名(東京地判平28.3.9、2016WLJPCA03098018)
  • 病院名+医師+姓(東京地判平28.5.24、2016WLJPCA05248016)
  • サイト運営者(東京地判平28.9.15、2016WLJPCA09158019)
  • 出身大学院の(住所+電話番号)+顔写真のURL(東京地判平29.8.8、2017WLJPCA08088009)
  • 勤務先+医師+姓(東京地判平29.8.9、2017WLJPCA08098002)
  • 都市名+少年野球チーム名+監督(東京地判平29.8.22、2017WLJPCA08228008)
  • クラブ名+源氏名(東京地判平29.11.16、2017WLJPCA11168015)
  • 名前+著作(東京地判平29.11.24、2017WLJPCA11248009)
  • 名前+接骨院+屋号(東京地判平30.3.30、2018WLJPCA03308008)
  • 屋号+占星術師+顔写真(東京地判平30.11.29、2018WLJPCA11298015)
  • 中学校名+部活動名+あだな(東京地判平30.12.10、2018WLJPCA12106002)

同定可能性が認められなかった例

  • ペンネーム(東京地判平28.4.26、2016WLJPCA04268006)

 「本件全証拠によっても、インターネットそのほか広く公開されている媒体から入手しうる情報をもってしては、『A』のペンネームで活動している小説の作者と、原告とを結びつけることはできず、本件サイトの一般の閲覧者を基準として『A』をもって、原告を特定することははなはだ困難であると言わざるを得ない。」

判決では肯定されているが、微妙な感じがするものの例

  • 子持ち+離婚歴+都市名+市営住宅+生活保護+名前(東京地判平29.2.16、2017WLJPCA02168015)
  • 子持ちで離婚歴があり,神戸市a区の市営住宅に居住して生活保護を受給中の乙川Xなる人物
  • 名前+認知した子供の人数+傷害罪(東京地判平29.10.25、2017WLJPCA10258020)
  • AV出演歴+名(本名)+卒業高校(東京地判平29.10.30、2017WLJPCA10308015)

同姓同名と名誉毀損

 東京高判平27.3.12(■28283594)は、同姓同名の者がほかにもいる例(名前+「弁護士」)で「2分の1、すなわち5割の確率で本件対象者は控訴人を指すことになるし、また、司法修習の時期をみると、B弁護士は第66期の修了者であって、終了後間がないのに対し、控訴人は第60期の修了者であり(甲3、弁論の全趣旨)、弁護士としての勤務実績には明らかな違いが存在することに照らすと、本件対象者が控訴人を指す可能性が格段に高いものと見るのが相当である。そして、投稿された日時は異なるとはいえ、本件掲示板における本件書込み以外の書込み(甲13、14)を参照しても、本件対象者が控訴人であることを特定させる内容が記載されている一方で、これが別のB弁護士であることをうかがわせる内容は記載されていないから、客観的にも本件対象者が控訴人である蓋然性は極めて高く、まず間違いないものと認めることができる。」とし、2名のうち、どちらの可能性が高いかを検討しています。

最高裁は「推知」概念を使っている?

 最高裁第二小法廷平成15年3月14日判決(長良川リンチ殺人報道訴訟・上告審)は、「被上告人と面識があり、又は犯人情報あるいは被上告人の履歴情報を知る者は、その知識を手がかりに本件記事が被上告人に関する記事であると推知することが可能であり、本件記事の読者の中にこれらの者が存在した可能性を否定することはできない。/したがって、上告人の本件記事の掲載行為は、被上告人の名誉を毀損し、プライバシーを侵害するものであるとした原審の判断は、その限りにおいて是認することができる。」としています。

 そのため、最高裁は同定可能性の問題を「推知することが可能」かどうかで判断しているようにも見えます(推知可能性)。

 もっとも、「推知することが可能」なだけでは、同姓同名の別人を排除できない可能性があり、対象者の社会的評価の低下やプライバシー侵害による被害が限定的とならざるを得ず、結局、同定可能性概念もあわせて使う必要があるようにも思われます。

侮辱と同定可能性

侮辱(名誉感情侵害)は内心の問題であり、同定可能性は要件とならない、との裁判例があります。


  • 2021/5/23 作成
  • 2021/6/29 定義追加