1)問題の所在
プロバイダ責任制限法4条1項1号の「権利が侵害されたことが明らかであるとき」という要件につき,総務省逐条解説P28では,「「明らか」とは、権利の侵害がなされたことが明白であるという趣旨であり、不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことまでを意味する。」と説明されています。そして判例上,名誉権侵害の不法行為の成立を阻却する事由の1つに,「真実と信ずるについて相当の理由」があります。そのためプロバイダの多くは,「真実と信じるについて相当の理由がないことも,開示請求者の側で主張立証すべき」という主張をしてきます。
しかし,「真実と信じるについて相当な理由」は責任阻却事由であって,発信者情報開示請求を否定する根拠とならない,というのが当方の主張です。
2)プロバイダ責任制限法4条1項2号
ところで,プロバイダ責任制限法4条1項2号は,「損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由」を要件としています。それゆえ,条文の体裁としては,「損害賠償請求の行使」は必須の要件ではなく,「その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由」の例示となっています。この点に関する総務省の逐条解説は,「正当な理由があるときの具体例としては、①謝罪広告等の名誉回復措置の請求、②一般民事上、著作権法上の差し止め請求、③発信者に対する削除要求等を行う場合が挙げられよう。」と説明しています。
3)差止請求と故意・過失
上記の「正当な理由」のうち,著作権法上の差止請求については,条文上,故意または過失が要求されておらず,無過失責任と理解されています(横浜弁護士会編「差止訴訟の法理と実務」)。 他方,人格権に基づく差止請求については,人格権は物権と同様に排他性を有する権利であるから,投稿者の故意・過失等の主観的要件は不要であり,人格権が違法に侵害されているという状態があれば足りるとされています(東京地裁保全研究会「民事保全の実務)。4)真実と信じるにつき相当な理由
そうすると結局,プロバイダ責任制限法4条1項は,差止請求,妨害予防といった,故意または過失が不要な権利行使のためにも発信者情報の開示を認めていることになりますから,たとえ真実と信じるについて相当の理由があったとしても,故意または過失が否定されるだけなので(最判平成9年9月9日),発信者情報開示請求を否定する根拠とはならないと考えられます。5)裁判例
この問題について,東京地裁平成25年1月17日判決で,「権利侵害の明白性の要件については,本件記事が真実であると誤信したことについての相当性がないとの点や不法行為又は人格権侵害についての故意又は過失を欠くとの点についても,必要ではないかという問題がなくはない。」「しかしながら,上記相当性を欠くという点については,プロバイダ法の趣旨に照らし,同法4条1項所定の権利侵害の明白性の要件とはなり得ないと解され,少なくとも不法行為又は人格権を根拠とする差止請求に関しては,権利侵害についての故意・過失のような主観的要件は必要ではないと解するのが相当である。」として,真実と信じるにつき相当な理由の不存在は,権利侵害の明白性の要件でないと判示してもらうことができました。6)結論
結局,いくら確実な証拠をもって真実だと信じても,不法行為とならないだけで,開示請求訴訟では開示認容となる,ということだと考えられます。2013/4/19追記
東京高裁平成25年4月18日判決は,「名誉毀損やプライバシーの侵害に係る情報を発信した場合」には,故意過失の立証は不要と判示しているように読めます。