プライバシー権

2020.12.17

プライバシー権とは

「プライバシー」という言葉は日常的に使われており、最高裁判例にも何度か登場しています。しかし最高裁は、「プライバシー」ないし「プライバシー権」がどういった内容であるかは示しておらず、どのような情報が「プライバシー」に当たるのかは判例上明確ではありません。

もっとも、個人情報保護法2条3項の「要配慮個人情報」がプライバシー情報であることは、あまり問題とならないことでしょう。つまり、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実、と、個人情報保護法施行令2条記載の各情報です。

判例上は、「他人にみだりに知られたくない」情報(最判平15・3・14長良川リンチ事件上告審判決、民集57巻3号229頁)、「公共の利益に関わらない」「事項」(判平14・9・24石に泳ぐ魚事件上告審判決,集民207号243頁)などがあります。

「これまでの判例,学説等の状況を踏まえると,一般的に,プライバシーの権利は『他人に知られたくない私生活上の事実又は情報をみだりに公開されない利益又は権利』と解することができる。」と説明している調査官解説もあります(三村晶子・最高裁判所判例解説民事篇平成15年度158頁)

【図解】プライバシー侵害の考慮要素

最判平成15年3月14日最決平成29年1月31日最二小判令和2年10月9日
当該犯罪行為の内容当該事実の性質及び内容プライバシー情報の性質及び内容
これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度  当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度プライバシー情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度
被上告人の年齢や社会的地位その者の社会的地位や影響力被上告人の年齢や社会的地位
本件記事の目的や意義  上記記事等の目的や意義  公表の目的や意義
公表時の社会的状況  上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化
本件記事において当該情報を公表する必要性上記記事等において当該事実を記載する必要性プライバシー情報を開示する必要性
公表における表現媒体の性質
プライバシー侵害の考慮要素

プライバシー侵害の成立要件

プライバシー侵害の成立要件については、従前、「宴のあと」事件判決(東京地判昭39・9・28下民15巻9号2317頁)に沿って、「(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること,(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること,換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担,不安を覚えるであろうと認められることがらであること,(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであること」の3要件、つまり①「私生活上の事実」②「一般人の感覚を基準として公開を欲しないことがら」③「非公知」で主張することが多かったように思います。

しかし、最高裁がプライバシー侵害について似た基準を複数示したことから(最判平15・3・14、最決平29・1・31、最判令2・10・9)、プロバイダとの攻防でも、①「当該事実の性質および内容」②「伝達される範囲と具体的被害の程度」③「社会的地位や影響力」④「記事の目的や意義」⑤「社会的状況」⑥「記載する必要性」⑦「媒体の性質」といった考慮要素で考える例が増えています。考慮要素は例示だとされています。
そして、複数の考慮要素を総合的に検討した結果として、プライバシーの利益(公表しない利益)が表現の利益(公表する利益)を優越している場合には、プライバシー侵害だと判断されます。

プライバシー侵害で開示請求が認容されたあとの慰謝料請求訴訟であれば、最高裁の示した基準で検討すべきでしょう。

プライバシーと非公知性

プロバイダによっては、上記の「宴のあと」事件判決をもとに、「その情報は非公知ではない」と主張することがあります。

この点につき、最三決平29.1.31の調査官解説では「本決定は、非公知性はプライバシー(権)の要素であるという前提には立っていないように思われる」と書かれており(法曹時報71巻11号268頁)、非公知性はプライバシーの要件ではないと反論できるはずです。

プライバシーの放棄

本人が情報の公開に同意している時点で、プライバシーの放棄があったと、プロバイダから反論されることもあります。

大審院(大判昭9・6・29大刑集13巻904頁)は、名誉権に関し「名誉権は人格と終始し之と分離することを得さる権利にして放棄しうべからざるものとす」として放棄できないとしています。同じく人格権の一種であるプライバシーについても、やはり放棄できないと考えられます。

そのため、プライバシーの放棄と言われるものは、同意の問題として処理することになります。

忘れられる権利とプライバシー

2012年ころから2017年の最高裁決定までは、GDPR17条の「right to be forgotten」ような「忘れられる権利」という概念も議論されていました。2017年最高裁決定の原々審である、さいたま地決平27・12・22は、「忘れられる権利」を有すると決定で示し、逆に最高裁決定の原審である東京地決平28・7・12(判時2318号24頁)は「忘れられる権利」について、「名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならない」と判断しています。

この問題について、最高裁は特別抗告を却下したため何も判断していませんが、その後、削除・発信者情報開示請求の実務では、「忘れられる権利」を理由にする機会は減ったと思います。上記東京高決のいうとおり、「名誉権ないしプライバシー権」に基づいて請求すれば足りるからです。


  • 2020/05/21 作成
  • 2020/12/17 論点加筆
  • 2021/10/06 最二小判令和2年10月9日追記