2023年12月9日の情報ネットワーク法学会、第2分科会「非訟手続導入後のプロバイダ関連紛争の実務」で発表した「提供命令(15条)の問題点」のスライドの補足説明を書いておきます。
なお、情報ネットワーク法学会のプロ責法分科会では、ここ数年パネルのメンツが固定化しているため、新しい人に来てほしいと(私は)思っています。入会申込はこちら。
【問題点1】他の開示関係役務提供者を特定するための情報に無用な限定があること
問題点の1は「他の開示関係役務提供者」(15条1項1号イ)を特定するための情報に無用な限定がある、という話です。「他の開示関係役務提供者」というのは、サイト管理者の立場であれば接続プロバイダ、上位プロバイダの立場であれば下位プロバイダです。自社以外で、投稿者特定の手がかりを知っている者(法人・自然人)です。条文上の無用な限定と思われるものは3つあります。
施行規則7条による限定
法15条1項1号ロには、「他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報として総務省令で定めるもの」との文言があることから、「他の開示関係役務提供者」の特定に使える情報は限定されています。
「総務省令で定めるもの」は施行規則7条で規定されており、IPアドレス(施行規則2条5号、9号)、インターネット接続サービス利用者識別符号(i-mode IDなど。同6号、10号)、SIM識別番号(同7号、11号)、認証用のSMS電話番号(同12号)、利用管理符号(同14号)が列挙されています。
タイムスタンプはなぜ除外されているか?
施行規則7条が上記の内容になっていることから、タイムスタンプ(投稿日時、接続日時、施行規則2条8号、13号)を使って「他の開示関係役務提供者」を特定することができないように見えます。
これにより、(旧)日本ネットワークイネイブラー(現JPIX)のような、「タイムスタンプがないと次のプロバイダを特定できないプロバイダ」で不都合が生じます。同社の「IPアドレスからISP情報を検索する」では、日時を入力せずに検索ボタンを押すと、複数のプロバイダが該当してしまい、1社に絞れないことがあります。
ほかにも、Googleクラウドでは、サーバー契約者の情報を調べる際にはタイムスタンプが必要とのことで、こちらもタイムスタンプがないと「他の開示関係役務提供者」を特定できません。
なぜ、施行規則7条はタイムスタンプを除外しているのでしょう。総務省逐条解説を読んでも、答えは記載されていません。
イとロの扱いを変える見解
上記の問題に対しては、15条1項1号イが「その保有する発信者情報(略)により当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者」とし、15条1項1号ロが「他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報として総務省令で定めるもの」としていることから、「イ」は「保有する」だけが条件で、総務省令(施行規則7条)による制限があるのは「ロ」だけ、と考える東京地裁9部裁判官もいます。
この見解によると、たしかに、イのほうでタイムスタンプを使って「他の開示関係役務提供者」を特定できることになるものの、イにもロにも該当するケースが生じ、法律が矛盾していることになってしまいます。つまり、イに該当するから「他の開示関係役務提供者」の氏名等情報を提供できる一方で、ロにも該当するので「特定できない」と回答してもよいことになります。
しかし、おそらく立法担当者は、イとロに共通部分があるとは考えていなかったものと思います。実際、イとロの扱いを別異にできる見解を前提として提供命令の(別紙)主文目録を書こうとすると、ロのほうが書きにくいと分かります。そのため、ロのない提供命令(イ号限定型か2号限定型)でないと、この解釈は取りにくいかもしれません。
なお、イとロの扱いを別々にして(「他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報」の範囲を変えて)、提供命令を発令してもらった実例については後述。
本案で開示請求している発信者情報による限定
法15条1項1号イには、「当該発信者情報開示命令の申立てに係るものに限る。以下この項において同じ。」との文言があることから、「他の開示関係役務提供者」の特定に使える「発信者情報」は、本案の開示命令申立で開示請求している発信者情報に限られる、との限定があります。つまり、本案の(別紙)発信者情報目録に記載された情報以外では、「他の開示関係役務提供者」を特定できないのです。
訴えの利益のない請求が必要となる
このような条文になっていることから、「訴えの利益」のない請求が必要となるケースが生じます。
たとえば、ツイッター(X)からIPアドレスの開示を受けたところ、当該IPアドレスがJCOM管理のものだったとします。JCOMは投稿者の情報を保有しておらず、JCOM地域会社(JCOM関東、JCOM東京など)に開示請求せねばならないことから、申立人としては、JCOMに対する提供命令申立により、JCOM地域会社を教えてもらう流れになります。
JCOMは、IPアドレスを見て、それがどこのJCOM地域会社なのか判断しているそうです。そのため、「他の開示関係役務提供者」としてのJCOM地域会社を特定するための発信者情報は、IPアドレスです。
申立人としては、「IPアドレスを見てJCOM地域会社を特定してもらいたい」と提供命令申立をするわけですが、法15条1項1号イに「当該発信者情報開示命令の申立てに係るものに限る。」との前提があることから、本案の発信者情報目録に「IPアドレス」を記載し、JCOMに対し「IPアドレスを開示せよ」との請求をせねばならないわけです。
ここで元に戻ってみると、すでに「IPアドレス」はツイッターから開示されているので知っており、投稿記事目録に記載していますから、訴えの利益のない発信者情報開示請求となってしまいます。外形上、訴えの利益のないことが明らかです。
おそらく立法担当者は、上位プロバイダから下位プロバイダを開示してもらうための提供命令をあまり検討しなかったのではないかと思います。
「発信者情報」による限定
法15条1項1号イが「その保有する発信者情報(略)により当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者」とし、同ロが「他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報」とし、施行規則7条が施行規則2条の発信者情報を引用していることから、「他の開示関係役務提供者」を特定するための情報は「発信者情報」に限定されています。
「発信者情報」以外で他の開示関係役務提供者を特定できるのか?
具体的にはURLの扱いが問題となります。URLは発信者情報(施行規則2条)ではありません。たとえば、サーバー会社にサイト運営会社を提供命令で教えてもらう場合、サイトのURLを指定して、「このURLのサイトを管理する者の氏名等情報を提供せよ」との提供命令が可能か?が問題となります。
法改正前は、「サイト管理会社に投稿時IPアドレスを開示してもらうため、サーバー会社に対し、サイト管理会社を開示してもらう開示仮処分」が利用されていました。これを提供命令で実現したいのですが、サーバー管理会社がサーバー契約者たるサイト管理会社を特定するための情報は、基本的には「URL」ではないかと思われます。しかし、発信者情報に「URL」はないため、どうすれば実現できるかが問題です。
まず、法15条1項1号ロには、「他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報として総務省令で定めるもの」としていることから、「他の開示関係役務提供者」の特定に使える「発信者情報」を限定しているだけであり、「発信者情報」以外の情報で「他の開示関係役務提供者」を特定できるのでは?とのアイデアが浮かびます。
しかし、これはロとの関係であり、イには「その保有する発信者情報(略)により当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者」とあるので、「発信者情報」以外の情報によって他の開示関係役務提供者を特定する解釈は難しいだろうと思います。
施行規則2条1~4号はなぜ除外されているのか?
上記の例で、サーバー管理会社はサーバー契約者の情報(住所、氏名、電話番号、メアド)を保有しているので、それらの「発信者情報」によって、「他の開示関係役務提供者の氏名等情報」を特定してもらえばよいとのアイデアも浮かびましたが、1号イと1号ロを別異に解しない見解を前提にすると、施行規則7条が施行規則2条1~4号を除外しているため、この方法も取れません。
施行規則7条の限定があるのは1号ロだけであり1号イには限定がないとの見解を前提にすると、施行規則2条1~4号の「発信者情報」により、「他の開示関係役務提供者」を特定することができます。実際、この内容の提供命令は発令例があります。ただ、残念なことに発令された相手に正しく理解してもらえませんでした。発信者情報目録に「住所、氏名」を書いたことから、「投稿者の住所氏名は分からない」という回答を誘発してしまったのです。「他の開示関係役務提供者の住所、氏名」とは理解してもらえませんでした。
結局、サーバー会社にサイト管理会社を特定してもらうための発信者情報としては、サイトのIPアドレスくらいしか書けない、との結論に至ります。もっとも、サイトのIPアドレスは判明しているので(nslookupで分かるので)、これまた訴えの利益のない開示請求となってしまいます。
学会後の発令例
こちらは、サーバー会社が(1)投稿時IPアドレスを持っている場合には、そのIPアドレスに対応する接続プロバイダを提供してもらうが(通常のパターン)、(2)投稿時IPアドレスを持っていない場合には、サイト管理者の住所氏名を提供してもらうための提供命令の発令例です。
主文目録の1項は接続プロバイダに関する情報としています。ここは普通のイ・ロ併用型(通常型)提供命令です。サーバー会社が投稿時IPアドレスを保有しているケースを想定しています。
主文目録の2項は、サイト管理者に関する情報です。サーバー会社が投稿時IPアドレスを保有しておらず、サイト管理者の住所氏名しか分からない場合を想定しています。1号限定型提供命令になっており、2号に相当する記述はありません。15条1項1号イとロの対象範囲が違うとの説を前提として、主文目録2項イでは、発信者情報目録記載2の各情報(住所、氏名等)から他の開示関係役務提供者(サイト管理者)の住所氏名を特定するように指定し、主文目録2項ロでは、施行規則7条に反しないよう、発信者情報目録記載3の情報(IPアドレス)により他の開示関係役務提供者を特定できない場合、という書き方になっています。本当はIPアドレスではなくURLと書きたいのですが、URLは発信者情報ではないため施行規則7条に反します。なお、サーバーのIPアドレスは開示請求するまでもないので、訴えの利益がないのでは?と反論される可能性があります。そのため、投稿記事目録にはサーバーのIPアドレスを記載していません。
上記の地裁決定に対し、サーバー会社から即時抗告(法15条5項)され、大阪高裁で元の提供命令が維持されました。以下の書き方からして、15条1項1号イの「発信者情報」に施行規則7条の制限はない、と解釈しているようです。
その文言上、上記相手方とされた開示関係役務提供者が保有する発信者情報についてそれ以上の限定を加えていない。また、発信者情報の開示に関する裁判手続を簡明にするとともに、侵害情報の発信者の特定ができなくなることを防ぐという同条の趣旨に照らすと、上記相手方とされた開示関係役務提供者が開示すべき他の開示関係役務提供者の氏名等の情報の範囲にさらに限定することは相当でない。そうすると、前記「主文目録」記載1の接続プロバイダに関する情報のみならず、同2のサイト管理者に関する情報も提供命令の対象になると解すべきものである。
【問題点2】15条1項2号限定型の提供命令が明文に違反している
15条1項2号は「この項の規定による命令(以下この条において「提供命令」といい、前号に係る部分に限る。)により他の開示関係役務提供者の氏名等情報の提供を受けた当該申立人」との文言になっており、15条1項1号の提供命令で判明したケースでなければ、15条1項2号の提供命令を発令できない表現になっています。
たとえば、サイト管理者に対する提供命令申立で、IPアドレス等の情報が接続プロバイダに提供されたあと、投稿者に関する情報は下位プロバイダが保有している、と判明するケースを考えます。
このようなケースでは、上位プロバイダは、下位プロバイダの氏名等情報を任意に開示することもよくあるのですが、サイト管理者はIPアドレスを下位プロバイダに提供しないので、上位プロバイダ→下位プロバイダ間について、IPアドレス等を提供するための「2号限定型提供命令」が必要となります。
しかし、下位プロバイダの氏名等情報は15条1項1号の提供命令で判明したものではないため、2号限定の提供命令は発令できないのでは?といった問題が生じるわけです。
しかし、15条1項1号の提供命令で判明した下位プロバイダでなければ2号の提供命令を発令できないとの結論にしてしまうと、いろいろ不都合が生じます。そのため、条文の文言に反していることには目を瞑り、2号限定型提供命令を発令しているのが実情と思います。
【問題点3】提供命令に執行力がない
15条1項イ・ロ併用型(通常型)の提供命令は、執行文が付与されないので、間接強制ができません。そのため、提供命令に従わないサイト管理者については、待つしか方法がないとの問題があります。
この点は現状、解決策がありません。
法改正の提案
以上をまとめますと、まず「他の開示関係役務提供者」を特定するための情報は、「発信者情報」に限定せず、施行規則7条による限定も外し、本案の発信者情報目録に記載された情報、との制限も外し、「保有している情報」で特定する、との法改正が良いのではないかと思います。
次に、2号限定型提供命令が可能となるよう、「この項の規定による命令(以下この条において「提供命令」といい、前号に係る部分に限る。)により他の開示関係役務提供者の氏名等情報の提供を受けた当該申立人」との表現は変更するのが良いと思います。
最後に、イロ併用型(通常型)でも強制力が生じるような条文が必要と思います。
- 2023/12/13 作成
- 2023/12/14 誤字修正
- 2023/12/22 学会後の発令例を追加
- 2023/12/25 ちょっと修正
- 2024/02/07 高裁決定を追記