発信者情報開示できない個人の感想

2020.06.12

名誉毀損で訴えると言われても

「名誉毀損で訴える」と宣言された投稿でも、法的に見ると、およそ名誉毀損ではないと即断できる類型があります。その1つが「個人の感想」ないし「感想表現」です。

無能、最悪、汚らしい、気持ち悪い、自己中心的、酷いやつ、等々、いろいろな感想表現があるところ、これらは投稿者の内心の問題なので、「事実ではない」と反論することができません(判断基準は、最一小判平16・7・15)。「私は有能だ」「気持ち悪くない」等と反論できると思うかもしれませんが、どこまでが無能で、どこからが有能なのかという客観的な基準がありません。他の言葉についても同様です。

また、投稿者がそう思った、そう感じた、という事実を否定して「そんなこと思わなかったはずだ」と立証することもおよそ困難です。

そのため、感想表現について「名誉毀損で訴える」と言われたとしても、高い確率で無理だと考えおくのがよいです。

例外は、「人身攻撃に及んでいる」と判断されるケースです。放送禁止用語レベルの言葉で感想を表現することは違法だと判断されています。たとえば、「基地外」「糞」などの例があります。

侮辱の判断は別

これらの感想表現は、「侮辱」(民事では名誉感情侵害)を主張される場合もあります。最高裁判例では、侮辱は「社会通念上許される限度を超える」場合が違法だとされています(最判平22・4・13)。つまり、名誉感情が侵害されたというだけでは違法にならず、誰であっても許すべきでない、限度を越えた表現行為だけが違法だと考えられています。

地裁の裁判例では「基地外」がメジャーな例ですが、そのほかにも「ヤリ○ン」等、性的表現なども、違法だと判断している例があります。

平穏生活権侵害は主張できるか?

法的に名誉毀損、侮辱ではない感想表現でも、繰り返し同じ言葉を浴びせられれば、心穏やかではなく、平穏な生活ができなくなることもあると思います。
ネットの事件ではありませんが、最高裁は、以下のような考え方で、「平穏生活権」というものを示しています。これをネットの事件に応用できるケースはあるのかもしれません。

嫌がらせや非難攻撃を繰り返し受け、家族に対してまで非難の宣伝をされた者があり、その余の者も右事実を知り同様の攻撃等を受けるのではないかと落ち着かない気持ちで毎日を送ったことは前示のとおりである。被上告人らの社会的地位及び当時の状況等にかんがみると、現実に右攻撃等を受けた被上告人らの精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度内にあるということはできず、その余の被上告人らの精神的苦痛も、その性質及び程度において、右攻撃等を受けた被上告人らのそれと実質的な差異はないというべきところ

被上告人らは上告人の本件配布行為に起因して私生活の平穏などの人格的利益を違法に侵害されたものというべきであり、上告人はこれにつき不法行為責任を免れないといわざるを得ない。

最一小判平元・12・21(民集43巻12号2252頁)