問題の所在
2020年8月31日、プロバイダ責任制限法の省令に「電話番号」が追加され、発信者の電話番号が開示請求できるようになりました。
しかし、2020年8月31日より前の投稿に関し電話番号の発信者情報開示請求をすると、プロバイダは、「電話番号を請求できるのは8月31日以降の投稿だけだ」と主張するようになりました。「省令の遡及適用の問題」などと呼ばれています。
では、なぜ「遡及適用」という名前なのでしょう。それは、この問題の捉え方の影響です。
従前の問題のとらえかた
プロバイダ側は、発信者情報開示請求権がいつ生じるか?という点を問題にしていました。
開示請求する側は、「請求時説」(開示請求権を行使したときに生じる)を採用し、請求時法を適用すれば足る(遡及適用の問題にならない)と主張しました。
これに対しプロバイダ側は、侵害情報が流通したとき(投稿時)に発信者情報開示請求権が生じるのだから(投稿時説)、請求時法を過去の投稿に適用することは、法の「遡及適用」になり許されないと主張していました。プロバイダ側からすると、投稿時法を適用すべきとの結論になります。
最二小判令和5年1月30日
しかしフタを開けてみると、最高裁は「発信者情報開示請求権がいつ生じるか?」という視点では考えていませんでした。遡及適用の問題とも考えていません。
令和3年(受)2050号、令和4年(受)13号の2つの判決が出ていますが、2050号の判決が公開されています。
本件省令は、法4条1項の委任を受けて、改正前省令では、発信者情報として発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名、住所等を定めていたところ、改正省令により発信者情報に発信者の電話番号を追加する旨の改正がされたが、改正省令その他の法令において、改正省令の施行前にされた情報の流通による権利の侵害に係る発信者情報の開示の請求について改正後省令の規定の適用を排除し、改正前省令の定めるところによる旨の経過措置等の規定は置かれなかった。そうすると、上記施行後にされた法4条1項に基づく発信者情報の開示の請求については、権利の侵害に係る情報の流通の時期にかかわらず、改正後省令の規定が適用されるというべきである。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/721/091721_hanrei.pdf
改正法が改正前の投稿にも適用されるか?という問題
上記事件の弁論(2022/12/23)で裁判長は、要旨「省令が改正されると、改正前省令の規範は廃止される」「そのうえで改正後の省令がどのように適用されるのか?」と我々に問いました。これは、2事件の当事者(4組)が誰も気付いていなかった視点のようです。みな考えたことのない問題だと答えていました(私も含め)。
廃止された規範を適用するには経過規定が必要であり、それがない以上、現行の規範を適用する、との結論になるのでしょう。
そうすると、改正プロ責法の規範についても同じようにいえるはずです。2022年10月1日以前のプロ責法の規範は廃止されているのだから、経過規定がない以上、改正前の投稿であっても、改正法を適用すれば足る、との結論になるはずです。
上告答弁書(4年受13号)
参考までに、上告答弁書を晒しておきます(▶こちら)。
過去データ
もったいないので、以下、これまでの議論・主張・裁判例をそのまま載せておきます。
- (削除仮処分をしていないケースで)投稿は8月31日以降も削除されずに表示されているので、継続的不法行為だから、8月31日以降に権利侵害の明白性がある。
この理由は、後掲の地裁判決でも多数書かれていますが、一般には、IP開示仮処分に削除仮処分を付けるため、すでに仮処分で消えているケースも多いのだろうと想像します。その場合は、仮処分での「仮」の削除は、本案訴訟では斟酌されない(消されていないものとして扱われる)という主張をしてはどうかと思います(最判昭35・2・4民集14巻1号56頁、高松高判昭36・11・11訟月8巻1号9頁参照)(削除仮処分に対応する削除訴訟ではありませんが)。 - 被告の引用する東京地判平15・4・24(平成14年ワ第18428号)は、投稿時点で発信者情報開示請求権が存在しなかった事例であり、令和2年8月31日より前から発信者情報開示請求権が発生している本件とは事情が異なる。
- 経過規定がない。
- 訴訟物の判断の基準時は口頭弁論終結時である。
総務省の見解
総務省は、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」最終とりまとめ(案)に対する意見募集結果において、以下の考え方を示しています(考え方4-18)
発信者情報開示請求が行われた時点で具体的な開示義務がプロバイダに生じると考えられるものであることから、権利侵害投稿が行われた時期にかかわらず、省令改正後は、改正後の省令が適用されると考えられます。
開示請求が認められたもの
訴訟の結果、いくつか認容されました。判決文の該当箇所を引用しておきます。
高裁判決
東京高判令3・5・20(対ソフトバンク)
4 争点(3)(令和2年発信者情報省令3号に基づき,電話番号が開示の対象となるか否か)について
(1)被控訴人は,令和2年発信者情報省令にはその3号として「電話番号」が新たに規定され,同年8月31日に改正,施行されているところ,訴訟物に対する判断の基準時は,事実審の口頭弁論終結時であるから,その判断には同時点における法令が適用されるから,本件でも「電話番号」が開示の対象となる旨主張する。
そこで,まず,令和2年発信者情報省令の適用関係について検討するに,ブロバイダ責任制限法4条が定める発信者情報開示請求権は,同条所定の要件がある場合に限って実体法上の請求権が発生するものとして創設されたものであること(裁判所に訴え出て訴訟を通じて権利の実現を図ることもできるし,理論的には訴訟外において請求を行うこともできる。)を考慮すると,その請求権の具体的な内容は,その請求の時点において効力を有するプロバイダ責任制限法4条及びその委任を受けて同条所定の「発信者情報」の内容を具体的に定める発信者情報省令の内容によって定まる関係にあるというべきである。
控訴人がこの発信者情報請求権を行使したのは,本件訴えを東京地方裁判所に提起した平成元年10月4日であり(当裁判所に顕著),当時は,令和2年発信者情報省令3号はいまだ改正,施行されていなかった関係にあるから,行使した実体的請求権の内容として「電話番号」の情報を求めることはできなかったといわざるを得ない。しかし,訴訟の継続中に令和2年発信者情報省令3号が改正,施行された関係にあり,その時点以降では,令和2年発信者情報省令3号の施行を踏まえ,この発信者情報請求権を裁判上行使することができる地位に至ったと解するのが相当である。そうすると,被控訴人は,令和2年11月11日,附帯控訴状において,電話番号の開示を求める請求を適法に追加しているのであるから(当裁判所に顕著),被控訴人において電話番号の開示請求を行うこと自体は可能なものと解される。
(注)
ただし、SMSメアドの開示も認容するものだったため、電話番号の開示を求める正当な理由がないとして、結論は棄却されています
東京高判令3・7・28(対ツイッター)
プロバイダ責任制限法4条1項に基づく発信者情報開示請求権は、侵害情報の流通があった時点で発生するが、プロバイダにおいて、どの範囲の発信者情報について開示義務を負うかは、請求権者により同請求権が具体的に行使された時点で効力を有する総務省令により定められると解するのが相当であり、控訴人の主張する本件改正省令の遡及適用の問題は生じないというべきである。本件改正省令が遡及適用を認める経過規定を設けなかったのもその趣旨ではないかとも思われる。
地裁判決
東京地判令2・12・11(対KDDI)
令和2年8月31日総務省令第82号は、改正後の省令の適用に関し特段の経過措置を定めていないから、訴えをもって法4条1項の発信者情報の開示請求をする場合、当該請求権の存否を判断する基準時(口頭弁論終結日)において、改正後の省令が施行されている場合には、改正後の省令の適用があると解すべきである。
被告は、改正後の省令をその施行前の投稿に遡って適用すると、投稿者が事後の省令の改正によって予期せぬ不利益を受けることになり妥当でないと主張する。しかし、発信者情報の開示は、権利を侵害されたとする者が損害賠償その他の権利を行使するために認められる手段にすぎず、発信者情報の開示それ自体が何らかの制裁を科すものではなく、その性質上、遡及適用が当然に禁止されるものではない。法4条1項は、開示の対象となる発信者情報の具体的内容に限り、臨機応変な改正を可能とすべく省令に委任するものであり、当該委任の範囲において、行為時に存しなかった省令が適用されるとしても、表現の自由に対する不当な制約になるとまではいえない。その他、被告の主張するところを踏まえても、前記結論は左右されず、口頭弁論終結時において既に改正後の省令が施行されている本件においては、同3号に定める「発信者の電話番号」について、開示請求の対象となると解するのが相当である。
東京地判令2・12・17(対ソフトバンク)
本件投稿記事Xは、本件改正省令施行前から本件訴訟係属中に至るまで継続的にインターネット上に公開されているため(甲8の1、弁論の全趣旨)、現時点での「総務省令」(法4条1項)である本件改正省令を適用して、発信者情報に電話番号まで含むと解するのが相当である。
この点、被告は、本件改正省令の遡及適用であり、適用は許されないと主張するが、上記のような本件投稿記事Xの公開の状況に照らせば、そもそも遡及適用とはいえないから、被告の主張は採用できない。
東京地判令2・12・24(対ソフトバンク)
(1)本件記事は,令和2年10月10日時点においてもインターネットで公開されている(甲13)。そして,本件記事がインターネットで公開されることによる原告の権利侵害は,日々発生するものであって,継続的不法行為といえる。したがって,改正後プロ責法省令が出された令和2年8月31日以降も本件記事による原告の権利侵害が継続して発生している以上,本件において,改正後プロ責法省令の遡及適用が問題になるわけではない。
なお,被告が指摘する裁判例(乙19)は,プロ責法の遡及適用を否定した事案であるが,同事案はプロ責法が施行された平成14年5月27日以前に問題とされた投稿が削除されていた事案であって,本件と事実関係を異にしている。
(2)また,被告は,改正後プロ責法省令が,コンテンツプロバイダを念頭に置いていることからコンテンツプロバイダではない被告には適用されないかのような主張をするが,改正後プロ責法省令では,コンテンツプロバイダか否かで適用に差を設けていない以上,被告の主張は採用できない。
(3)以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件においては改正後プロ責法省令の適用があると認めるのが相当である。
東京地判令3・1・27(対ツイッターインク)
(1)原告は,令和2年8月31日に施行された改正後省令において法4条1項の発信者情報として電話番号が追加されたことに基づき,本件各投稿の発信者情報として電話番号の開示を求める。
これに対し,被告は,改正後省令は,施行前にされた本件各投稿について遡及適用されないと解されるから,原告は電話番号の開示を求めることはできない旨主張する。
(2)しかし,改正後省令においては,施行前になされた特定電気通信による情報の流通による権利侵害に係る発信者情報の開示について,従前の例による旨の経過措置を定める規定がないから,発信者情報の開示請求権の存否を判断する時点,すなわち,口頭弁論終結時における省令を適用すべきものと解される。
(3)なお,被告は,投稿後に改正後省令を適用すると,投稿者の重大なプライバシーを制約し,予測不可能な権利侵害を与えることになる旨主張する。
しかし,法4条1項は,「氏名,住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報」を開示請求の対象とする旨規定しており,その具体的な内容を総務省令に委任しているに過ぎない上,改正された総務省令により開示対象として追加されたのは電話番号であり,氏名,住所等と比べて開示された者のプライバシーが侵害される程度が重大であるとか,予測不可能な権利侵害を与えるものとは言い難い。
(4)したがって,原告は,被告に対し,本件各投稿に係る発信者情報として電話番号の開示を求めることができる。
東京地判令3・3・17(対ソフトバンク)
(1)まず、被告は、令和2年改正総務省令は遡及適用されないから、同省令施行日前に投稿された本件投稿に係る発信者情報開示請求において、電話番号の開示請求は認められない旨主張する。
しかし、令和2年改正総務省令は経過措置の規定を設けていないところ、訴えをもってプロバイダ責任制限法4条1項に基づく発信者情報開示を請求する場合、当該請求権の存否は口頭弁論終結時を基準に判断されるのであり、問題となる投稿が行われた時点においてプロバイダに発信者情報開示義務が生じるわけではないから、本件における口頭弁論終結時には既に令和2年改正総務省令が施行されていた以上、令和2年改正総務省令が本件に適用されると解すべきである。
この点、被告は、発信者の電話番号が開示対象になることで、憲法上の権利利益に対する制約が拡大する旨主張するが、プロバイダ責任制限法4条1項は、開示対象となる発信者情報の具体的内容の改正に限り、省令において改正できるようにすることで、臨機応変な改正を可能としているのであり、行為時に存しなかった省令が適用されることになっても、限定された範囲における適用であるから、憲法上の権利利益に対する不当な制約になるとまではいえない。
したがって、被告の上記主張は採用できない。
(2)次に、被告は、令和2年改正総務省令がSNS等のサービスを提供するコンテンツプロバイダを念頭に置いているから、かかるコンテンツプロバイダではない被告には適用されない旨主張する。
しかし、令和2年改正総務省令は、発信者の電話番号の開示を請求できる相手をかかるコンテンツプロバイダに限るとは定めていないから、被告の上記主張も採用できない。
(3)したがって、本件に令和2年改正総務省令が適用され、発信者の電話番号も開示対象となると解するのが相当である。
東京地判令3・3・23(対ソフトバンク)
本件投稿は、令和2年8月31日以降もインターネットに公開され(甲1の2)、権利侵害が継続しており、総務省令第82号が施行された令和2年8月31日以降も権利侵害は発生していると認められるから、改正後に省令に基づく発信者の電話番号に係る開示請求権を否定する理由はないというべきである。
非訟手続規定の遡及適用
少し先の話になりますが、プロ責法の新制度が始まれば、上記と同じく、遡及適用の問題が生じるはずです。
これについて、2021/4/20、参院総務委員会で竹内局長は「改正法施行より前に起きた権利侵害事案であっても当該権利侵害事案について改正法に基づく開示命令の申立てを行うことは可能でございます」と答弁しているようです(https://www.youtube.com/watch?v=xD5DVB-VUKM)。
第204回国会参議院総務委員会会議録第11号(議事録)
- 2020/12/18 作成
- 2020/12/24 更新
- 2021/01/27 更新
- 2020/03/22 更新
- 2020/03/25 更新
- 2021/04/21 更新
- 2021/05/20、5/24、9/24 更新
- 2022/12/12 更新
- 2023/01/31 最高裁判決を受けて更新