名誉感情侵害(侮辱)

2021.09.16

名誉感情侵害(侮辱)とは

民事の「侮辱」は、刑事の「侮辱罪」と異なり、保護法益は個人の名誉感情です。最高裁は、「民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであつて、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価すなわち名誉感情は含まないものと解するのが相当である」として(最二小判昭45・12・18民集24巻13号2151頁)、名誉感情について「人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価」と定義しています。簡単に言うと「プライド」です。

名誉感情侵害(侮辱)の成立要件

名誉感情侵害は、「社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて被上告人の人格的利益の侵害が認められ得る」(最三小判平22・4・13民集 64巻3号758頁)と判断されており、判断基準は「社会通念上許される限度を超える」か否かです。

裁判例では、「バカ」くらいのレベルでは侮辱は成立せず、「死ね」であれば状況次第では侮辱だと判断されています。そのほかには、放送禁止用語のようなレベルの言葉を使っていると、侮辱だと判断されやすくなります。

名誉感情侵害の判断での考慮要素

上記最高裁判決では、「本件スレッドの他の書き込みの内容,本件書き込みがされた経緯等を考慮しなければ」「権利侵害の明白性の有無を判断することはできない」という基準を示しています。そのため、当該表現が「侮辱」なのかどうかを判断するに当たっては、そのスレッドの前後にどんな投稿があったのか(そのように書かれてもある程度仕方ないことなのかどうか)、その話題についてどんな経緯があったのか(そのように書かれてもやむを得ないような経緯があるのかどうか)が考慮要素となります。

具体的事実の指摘の要否

開示訴訟で侮辱の主張をすると、プロバイダは「根拠」や「具体的事実」が書かれていない「意見」だから違法ではないと反論してきます。これは、上記の最三小判平22・4・13が、「特段の根拠を示すこともなく,本件書き込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば,本件書き込みの文言それ自体から,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできず」という書き方をしているためです。

しかし、この判例は裁判外で発信者情報開示請求を受けた経由プロバイダの「重過失」に関する判断基準を示したものです。つまり、“特段の根拠”を示していないから、経由プロバイダにおいて違法性が「一見明白」とはいえない、ゆえに発信者情報を開示しなかったことに重過失があるとはいえないという判断であり、侮辱の判断に「一見明白」性や、具体的根拠が必要だという判断基準ではないのです。

実際、具体的根拠が示されていないとして侮辱の成立を認めなかった地裁判決に対し、控訴審が侮辱の成立を認めた例もあります。

侮辱と同定可能性(匿名アカウントに対する侮辱の成否)

 匿名アカウントに対する侮辱が成立するかという問題があります。つまり、そのアカウントが、どこの誰か分からない状態で、アカウントを誹謗中傷・罵倒した場合に民法上の侮辱が成立するかという問題です。同定可能性がない状態での侮辱の成否と表現することもできます。

 この問題について福岡地裁(福岡地判令元・9・26判時2444号44頁)は、「名誉棄損は、表現行為によってその対象者の社会的評価が低下することを本質とするところ、社会的評価低下の前提として、一般の読者の普通の違いと読み方を基準として、不特定多数の者が対象者を同定することが可能であることを要すると解されるのに対し、名誉感情侵害はその性質上、対象者が当該表現をどのように受け止めるのかが決定的に重要であることからすれば、対象者が自己に関する表現であると認識することができれば成立し得ると解するのが相当である。そして、本件でも、対象者である本件記事の男性、すなわち原告は本件記事が自己に関する記事であると認識している。」「これに対し、一般の読者が普通の注意と読み方で表現に接した場合に対象者を同定できるかどうかは、表現が社会通念上許容される限度を超える侮辱行為か否かの考慮要素となるに過ぎない。」としました。

 つまり、名誉感情は内心の問題だから、同定可能性がなくても(どこの誰のアカウントか分からない場合でも)、対象者が侮辱されたと思った場合には、成立する可能性があります。

不快感との違い

上記判例の定義からすると、「あの人は、こんな品性の人」「こんな名声の人」「こんな信用の人」との客観的評価が社会的評価で、「自分はこんな品性の人」「こんな名声の人」「こんな信用の人」との主観的評価が名誉感情となります。そのような主観的評価と相容れない投稿であれば、名誉感情を侵害します。

そのため、名誉感情は単なる不快感や嫌悪感とは異なる概念と考えられます。不快感と名誉感情侵害との違いについては、いくつかの裁判例が指摘しています。
ただし、不快感・嫌悪感と名誉感情侵害が別の概念だと読める裁判例と、不快感・嫌悪感の延長に(違法性が強くなると)名誉感情侵害があると読める裁判例とがあります。

不快感、焦燥感、憤りなどを抱いたとしても、右のような人格感情は、名誉感情のように法的保護に値するものとして社会的に是認されたものとか、法律上、一定の金銭をもって償われるべき精神的苦痛ということはできないから、これをもって、損害賠償を請求する等の法的救済を求めることはできないと解すべきである。」(大阪高判平成4・7・30、1992WLJPCA07300001)

「侮辱や中傷等により個人の主観的な名誉感情が害される場合もないわけではないが、かような内心の心情がプライバシーとして法的保護を受けるためには、その侵害態様が一般通常人の平均的な感覚に照らしてみて相当性を逸脱し、社会生活上看過し得ない程度に達していることが必要であると解すべきである。本件において被控訴人は不快感を抱いたと述べており、これが容姿に関する名誉感情を害されたとの趣旨をも含むものと理解されないわけではないが、本件記述一は、非難、攻撃にわたるような言葉を避けて社会生活上しばしばみられる表現を用いており、一般通常人の平均的な感覚に照らしてみて相当性を逸脱しているものでないことは明らかである。」(東京高判平成5・11・24、1993WLJPCA11240003)

嫌悪感を伴う消極的意味の言葉が使用されてはいるものの,上記の内容の意見として語られているものであり,以上によれば,本件投稿1は,コスプレイヤーとして活動し,その活動をインターネット等で発信している控訴人にとってみれば,自身に対する批判的又は消極的意見の一つといわざるを得ず,社会的通念上許される限度を超える侮辱行為とまでは認め難い。」(東京高判令和2・11・26、2020WLJPCA11266003)

名誉感情侵害なのか、単なる不快感なのか?

実際に名誉感情侵害で請求するとき、または請求されたときは、「自分はこんな人」といった主観的評価に対応するものがあるのか、それは何であるかを考えるべきでしょう。主観的評価を指摘できないときは、単なる「不快感」の主張なのかもしれません。不快感は名誉感情侵害では保護されません。

  • 2020/05/21 作成
  • 2020/07/20 更新
  • 2020/07/23 更新
  • 2021/09/16 更新